ダイブマスターへの道
 


  1999年8月トレーニング開始、2000年1月終了、同2月、ダイブマスター認定。

都市部に多いカード大量発行型ショップや毎日潜れる現地サービスでならいざ知らず、「ダイビングショップヒラキ」 においては この短期間でのダイブマスター取得は異例の早さと言えます。

この偉業(ちょっと大袈裟か?)を成し遂げたのは、ツアーレポートでもおなじみの古籏 克彦さんです。

そして、今後ダイブマスターを目指す人たちのために、 古籏さんが今回のダイブマスター認定までの経緯をレポートにまとめて下さいました。

その道のりはダイブマスターやインストラクターをを目指す人のみならず、 スキューバダイビングの世界をよりよく知りたい人達にとっても大いに参考になることでしょう。


1999年8月から開始したダイブマスター講習も2000年1月に無事終了。 長くて短かったこの講習の感想をちょっと述べてみたいと思います。 尚、講習内容の詳細は割愛したいと思いますのでよろしく。

注:講習内容の詳細は こちら をご覧ください。

はじめに

 ダイブマスター(以下、DMとする)を取りたいと思ったのは1999年の7月頃だったかな? ボラカイに行く前でした。 1996年の8月にOWを取得し海の虜になり、毎月1回は潜りに行き続け、 1997年7月にアドバンスを取得し、潜る楽しさがより一層判り、更に海にのめり込むのであった。

OWから早3年。もうそろそろダイビングの幅を広げたくなりアドバンスからワンランクアップしたい と思い、今回DMにチャレンジすることとなりました。

いつから始めようかな?

 さて、DMをやろうと思ったのだが、この時は 「確か水泳のテストがあったはずだから水泳テストが合格できるレベルになってからやろうかな?」と思ったのだが、 ボラカイのツアーの時に平木さんに相談したら「水泳は後でいいよ。それよりもOW の講習がある夏季に始めたほうがいいよ。」と言われ、ボラカイから帰国後考えた末、 DMを申し込みに行ったのであった。

 さて、DMには海洋実習(OW講習も含む)・プール実習・素潜り・学科とあり、 幸か不幸か8月に越前にエントリーしており早速この日から海洋実習は始めることとな り、心の準備がまだ出来ぬまま私の実習ツアーが始まったのであった。 また、これから暫らく水中写真もおあずけとなってしまうのであった。

初のガイド

 DM海洋実習初日、日帰り越前ツアーであった。この日はファン2本・体験ダイビングのメニュウであった。 ファン1本目はアシスタントとしてグループを監視し、ダイビング終了後体験ダイビングの実施。 そして、2本目。いよいよ初ガイドである。

これまでガイドの後ろについて潜っている時はゆとりを持ってコンパスを取っていたが、 先頭に立ってガイドするとなると勝手が全然違うのであった。 ENしてひたすらコンパスとにらめっこである。 とにかく、ちゃんと戻らなくてはならないと思い頭の中は今の自分の位置が何処なのかひたすら考え中。 おかげでエアーはみるみる減る減る・・・。 噂には聞いていたが本当にエアーの消費が早かった。

また、ブリーフィングはちょっと照れましたね。

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海洋実習11日間を振り返って

 海洋実習は8月に始まり10月に終了。 我ながらすごいペースで行ったもんだ。おかげで、400m(9分以内)の練習が間に合わない。

 海洋実習の合間に、素潜り10m・40m平行潜水・800mシュノーケリング(18分以内)を行う。 これらは、IOPに行った時に行いました。IOPには50mプールがあるのでこれらの課題にはもってこいです。

 今回実習に使ったポイントは、越前(ビーチ&ボート)7日・富戸(ビーチ)2日・ 串本(ビーチ&ボート)2日である。その他にサポートとして越前・方座浦に各1日行きました。

 越前は私のダイビング人生の出発地点である。

 越前では、OWの講習アシスタントを行ったりファンダイビングを行ったりと1日5ダイブといった日もあり、 イントラの苦労が身に染みた。また、何度も潜ったことのあるポイントでガイドをした際、

  • ちょっとコンパスを疑ったばかりにとんでもないところに行ってしまった。
【教訓:コンパスは正しい。】
  • 地形に騙され違ったところにEXしそうになったり (この時はEX地点はあっていると信じちょっと海底で遊んでいたらEX地点が違い、 自分は1本目のタンクをそのまま使用していたので、 自分の残圧を見たら殆ど残り少なくなっていたのにはメッチャ焦りました)。

と、いろいろと越前の海は教えてくれました。

 富戸では透視度3mの中、初めて平木さんのサポートなしで潜りかなり緊張した。 また、自分のフィンは黒なので参加者には不評で「ガイドが直ぐ見えなくなる」らし く、これを機会にフィンを目立つ黄色に変えることとしたのであった。

 海洋実習最後の海は串本である。ここでは、初のボートダイビングのガイドをやった。 この時は、1本目はサポートをしたのだが2本目はグループを2つに分け潜ることになった。 2本目のボートダイビングに向かう途中に「次はガイドよろしく」と言われ凄い緊張感に襲われたのであった。 果たして無事アンカーに戻ってこれるのだろうか?

地形がわかりやすいポイントだったので何とか戻れ「ホッ」と胸を撫で下ろすのであった。 アンカーロープが見えるまでは実は心臓バクバクでした。 この時も途中の残圧確認時自分が一番少なかった。

残された泳力テスト

 海洋実習は無事終了し、残った課題は400mテスト・立ち泳ぎ・学科のテストである。 予定としては12月中に終了したかったが11月はプールに行けず練習できなかったのが痛かった。 これはいけないと、12月に毎日のようにプールに通いワンポイントレッスンを受けながらフォームのチェックをする。 そして、最初は50mのタイムアタック、次に100m・200mと徐々に距離を延ばし400mのタイムアタックに挑戦。 何とか時間内にコンスタントに泳げるようになったので、2000年1月にテストを受けることにした。 テストは平泳ぎで行く事にした。(クロールのフォームがまだ未完成のため)

最後の泳力テスト

 2000年1月、いよいよ400m&立ち泳ぎのテストである。 まず、25mプールが混雑していたため立ち泳ぎ15分から開始。思った以上にきつかった。 特に残り3分両腕を上げての立ち泳ぎはえらい。15分やり終えた後ジャグジーで足の筋肉をほぐす。 いよいよ最終種目の400mである。9分以内で泳ぎ終えることができ無事合格である。

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DM講習終了

 残された学科のテストを終えてDM講習が終了しました。 これで晴れてDMである。 みなさん、ツアーで一緒になったときは宜しくね。


以上がDM講習の感想ですが、最も苦労したのは400m/9分以内でしたね。 素潜り等は気合で何とかクリアーできます。 これからDMを目指す方は、普段から水泳の練習をしておいたほうがいいですよ。 それと、海の中ではコンパスを信じることです。 コンパスを一瞬でも疑ったら最期、もう何処に向かっているのか判らなくなりますよ。

また、詳細の話しを聞きたい方はツアーの時にでも聞いてください。 つたない文章でありましたがDMを目指す方々の参考になれば幸いです。

最後に、平木さんにはいろいろご指導の程ありがとうございました。この場を借りて お礼申し上げます。これからも宜しくお願いします。

 
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